オリジナル へのこだわり

昨日の日記の続きになるのだが。

私はこのブログでのプロフィール写真の欄には私が最も好きなレコードのジャケットを使用している The Rolling Stones の Beggars Banquet だ。他にもツイッターやインスタグラムもやっていて、そちらは私の趣味に関連するものやネットで見つけた面白そうな写真だったり、著作権には引っ掛かりそうもないネット上での拾い物を使っている。

 私の相方もインスタグラムをしているのだがそこにはどうにも冴えないつまらない写真が使われているのでもっと見栄えのする写真に替えてはどうかと提案したのだが、どうやら彼女はずいぶんと前からその写真について悩んでいるようであった。

 先日ホエールウォッチングに行った時も一生懸命写真を撮っていたし家に帰ってからもその写真を眺めていた。しかし所詮はスマホで撮った写真、ロクなものがない。私は

『クジラの写真ならネット上にいくらでもあるから適当なのを使えば?』

と提案したのだが彼女は自分で撮った写真でないとダメだという。

 おそらくきっとこういう所が芸術家気質なのだろう。ことアートと名がつくものに関しては異様なほどオリジナルにこだわる。以前なにげなく言っていたことを覚えているが、もし他の者の作品をパクッたとすると表現者としての存在意義がなくなってしまうということらしい。たとえインスタのアイコン1つでもそういうことらしい。

 言っていることの正当性は理解できるのだが、しょっちゅうパクリ物を使っている私としてはどうにも面倒くさく感じてしまう。

 

f:id:neand:20190313123456j:plain

パクリ物

 

絵画教室

近頃、絵を習っている。

絵の師匠は私の相方である。

なぜまた絵を習い始めたのかというと幾つか理由があって、まず酒を飲む回数が減ったこと。夜、酒を飲まずに家にいると自由になる時間が多く元々テレビ好きでもないのでなにか有意義な時間の過ごし方は無いかと考えた結果だ。

 2つ目は子供のころから絵が下手でコンプレックスを持っていたこと。絵を書くのは苦手なくせに学生のころ友人の父が梅田のナビオギャラリーの会員で年に数回、巨匠といわれるような画家の有名な絵を見る機会があり、それなりに知識はあったし目も肥えていたこと。

 3つ目に私の相方(妻)が芸大 出で身近に先生になりうる存在がいたということだ。

 始めは軽い気持ちで絵の描き方を教えて欲しいと頼んだところ、なんとなく手本を書き始めてくれて、それがスグに終わるのかと思いきやなかなか終わらず

『まぁ、こんな感じで・・・』

と言いながらどんどん書き込んでいった。それをボーッと見ていても退屈なので私もそれに続いて書き始めたが、私はスグに書きあがってしまうのに比べて彼女は1つの絵を延々と書き込み続け、いうなればその作業を永遠にでも続けられそうな雰囲気だった。

 私の絵を見せて何かアドバイスをくれといっても彼女の答えはいつもこうだ

『対象をよく見て、ある物をあるがままに・・・。』

そんなことを言いながらひたすら自分の絵に手を加えていく。

 

 私は普通の4年生大学の経済学部というこれまたありふれた学部を卒業しているので芸大の話を聞くととても新鮮で刺激的である。彼女が通っていたのは公立の大学であるにも関わらず入学試験で重きを占めるのはデッサンだったらしい。そのため高校3年生の時には美術系の予備校に通いひたすらデッサンの練習をしていたらしい。

今までデッサンの題材として出されたもので一番難しかった物はと訊ねると彫刻像

を透明のビニール袋に入れたものの陰影と遠近を表現することだったと、私が聞いたら気が遠くなるような話を聞かせてくれた。

 彼女は国のお金で美術の勉強をさせてもらったにも関わらず今は美術とは関係ない仕事に就いている。美術の世界から離れてずいぶんと時間が経つが、それでもときどきフッと一時はその道を志した人間の気配のようなものを感じさせる。

 ちなみにこれ、私が書いてみたものです。絵の感想は必要ありませんので、あしからず。。

f:id:neand:20190312113410j:plain

f:id:neand:20190312113339j:plain

f:id:neand:20190312113352j:plain


 

 

 

www.google.com

負け・・・ なのか?

 自営業者とか個人事業主と呼ばれている者の多くは2月から3月にかけて大きな仕事があって、それが終われば一息つくことができる。私もその例に漏れず自営業者になってからは正月でさえ休みらしい休みを取らずに働き、ようやくこの時期にまとまった休みを取るようにしている。

 私の相方もそのことを覚えていてこの時期に旅行のプランなどを立てることが多い。そして、なにぶん私はこの次期は忙しいので計画はすべて相方任せになってしまう。

 以前に彼女から聞いたことがあったのだが、彼女は大のハワイ好きで過去に3度もハワイにいったことがあるらしい。ハワイの何がそんなに良いのかと訊ねても本人すらよく分からないようで私を納得させるだけの答えが返ってきたことはなかった。

 彼女は若い頃から旅行が好きでかれこれ10以上の海外の都市に行っているのだがその中で複数回行ったことがあるのはハワイだけと言うことなのでよっぽどハワイを気に入っているのだろ。

 1月の中頃、「またハワイに行きたい」とか「飛行機のチケット買ってもいい?」と言われたとき適当に生返事をした記憶はある。しかし、正式にハワイに行くと聞かされたのは出発の3日前だった。一仕事終わって少し気が抜けたところでまた海外に行くということで改めて気を入れなおした。

 何回行っても海外旅行というのは緊張するし行く前にはそれなりに気合を入れるようにしている。荷造りなんかはぜんぶ彼女に任せたがそれでも緊張感を持って旅に出た。が、しかし・・・。

 なんだここ? 空港で気付いたけど、観光客の8割くらいが日本人だ。街にでても半数近くの人がカタコトの日本語を話す。なるほど、たしかに思っていた通りだ。ここならジイサンになってからでもゼンゼン平気だ。

 

ハワイに行ったら負け、若い頃は若いうちにしか出来ない旅をしよう。

 

 この考えは正しかった。 ただしかし、私、今年で52才なんです。もう負けでもいいですよね?

 ちなみに同じ時期、20才の私の姪っ子は春休みを利用してカンボジア独り旅に出発しました。アンコールワット見に行くんだって。。

 

f:id:neand:20190227193026j:plain

f:id:neand:20190227115054j:plain

f:id:neand:20190301121814j:plain

 

胡散臭いオッサン

 私は自営業者である。仕事のときスーツや作業服を着るワケではないので平日も休日もほぼ同じ格好で過ごしている。他の人からみれば平日の昼間っからブラブラして何をしているのか得体のしれない胡散臭いオッサンだと見られているのは分かっているし、その事に引け目を感じながら日々生きている。

 そんな私が昨日、早々に書類を仕上げ地元の税務署に確定申告の書類を持って行った。それもママチャリに乗っていったので胡散臭さ全開だ。

 そもそもクルマで行けば良いだけの話だが、どうにもお金の計算をした後のことで変な節約マインドに支配された私は駐車場の料金なんかを気にして自転車で行ったというワケである。

 私の住む街は政令指定都市であり、こんな早い時期にも関わらず税務署前には列ができるほど多くの人が書類の提出や相談に訪れていた。そして建物に入った瞬間に私の目に飛び込んできたのは私と同じような胡散臭いオッサンの群れだった。

 平日の真昼間だというのに、仕事をしているのか遊んでいるのかの区別がつかないようなオッサンばかりがそこに並んでいる。

 変な仲間意識とちょっとした居心地の良さを感じた平成最後の確定申告であった。。

 

 

f:id:neand:20190220142939j:plain



f:id:neand:20190220142907j:plain

 

 

 

 

「君はロックを聴かない」

 今更ですけど、昨年末の紅白歌合戦にも出場した あいみょん の 『君はロックを聴かない』 の件ですが、この曲とタイトルに違和感を感じているのは私だけじゃないですよね? この曲のメロディーラインが全然ロックじゃなくって、どちらかというと昭和歌謡のように感じているの私だけじゃないですよね? そして、この曲の善し悪しは別としてこのタイトルってやっぱり人目を惹きます。特にロック好きの目を。

 中学2年生のときからロックを聴き始めて高校生の頃にはどっぷりと漬かりきってた聴くこと専門の筋金入りロックキッズの私としましては特別気になります。

 この曲のレビューなどを見ると 「男目線の曲」なんて風に書かれているのを目にしますが、実際のロックキッズはこんなこと考えたことないんじゃないかな。

 おそらく本当にロックが好きな男の子はドンドンとその魅力に囚われていろんなロックを聴くようになって、それは決して世間的にはポピュラーなものではなくてある一部のマニアが好むジャンルのように思われている。そもそもが今のご時世CDを買うこと自体がマニアックな行動だと言われるのに。

 

 グリーン・デイ、レッド・ホット・チリペッパーズ、レディオヘッド、これら今世紀最も成功したロックバンドの曲を日常的に聞く人がどれ程いるのか。そういった意味でもロックはそれを好む者のみが聴くマニアックなジャンルの音楽なのだ。かくいう私だってこの年になるまでそれなりの人数の女性と付き合ってきたが、音楽の趣味が合う相手はたったの1人だけだった。

 同じ音楽の趣味の者を見つけるのさえ難しいのに今までロックを聴かなかったものにロックの良さを伝えるのがどれ程難しいか。いや、難しいどころか絶対に不可能だと思う。

 そしてロックというジャンルの音楽はそれを聴いて恋を乗り越えたりするものじゃない。ザ・フー の言葉を引用させてもらうならこういうことだ。

 

ロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してもくれないし、逃避させてもくれない。 ただ、悩んだまま躍らせるんだ

 

 

matome.naver.jp

 

 

 

権田さん

 昔に流行った『湘南爆走族』という漫画をご存知だろうか。これは湘南近辺に住む高校生の暴走族を主人公とした漫画で、まさに私が高校生だったころに大ヒットした漫画である。

 この中に主人公のライバルで他の暴走族のリーダー権田さんという登場人物がいる。昨夜はふとしたことでこの権田さんのことを想いだした。この権田という男、暴走族のリーダーであり身なりも強面の不良なのであるがその見た目とは裏腹にアルバイトに明け暮れる真面目な学生なのである。

 一方、主人公の江口はというと毎日バイクで暴走したり仲間とバカなことをしたり、はたまた部活や恋にと青春を謳歌している。

 この江口と権田はまさに対極の存在で、夏休みともなると江口は持て余す程の時間はあるがカネはない。一方の権田はというとアルバイトに明け暮れカネには不自由していないが時間がない、そんな2人だった。そして、そんな権田を見ると私は自分の大学生の頃を思い出すのだ。

 私の学生時代の夏休みは権田さんそのものだった。学生時代の夏休みの思い出はと聞かれれば間髪入れずにこう答える『アルバイト!』と。

 学生時代の夏休み、一番の思い出は・・・。

 大学4回生の夏休み、すなわち人生最後の夏休みにチューブの『あー夏休み』を軽トラのカーラジオで聴きながら宅配のアルバイトをしてたこと。

「オレの人生これでいいのかな~・・・。」と思いながら・・・。

 


あー夏休み TUBE

プチ整形 その後

 目の下にあった膨らみのあるホクロをレーザーで焼き消してもらったのが1月下旬の事。その後、約10日間 患部に絆創膏を貼っていたのでそれを隠すために眼鏡をかけていた。その眼鏡というのは夏場の日差しが強い時にサングラス代わりに使っているものでもちろん度は入っていない。

 約10日間 眼鏡をかけて過ごしていたのだが、夏場に利用していた眼鏡をかけていたため違和感がなかったのか、それとも眼鏡の下の絆創膏に気付いても気を使ってあえて何も言わないだけなのか、誰もそのことにふれることはなかった。実際はおそらく誰も私の顔になんか興味がないのだろう。

 そして絆創膏が取れた後、関係の近い者には私から目の下のホクロをとったことを教えると

「あー、そういえば目の下に絆創膏はってたね」

 と、予想以上に軽い反応。そしてホクロを取ったことに関する感想を言う者は1人もいなかった。そうか、そういうことか。誰も私の顔の変化になんか興味がないのだ。

 私の場合は単に邪魔になるという理由で取ったホクロであるが、もしこれが美容整形だったとしても世の中の反応は同じようなものだろう。顔の細部なんか他人にはまったく関係のないことで、これは完全に自己満足の世界なのだ。

 私の場合は審美を考えてのことではなかったので顔をいじるのはこれで終わりだが、多くの人は1度顔を弄るとそれ以降ぐっとハードルが下がって2度目3度目と顔を弄る人が多いと聞く。私は10日間も顔に絆創膏を貼って過ごすというのがどうにも億劫でもう二度とやりたくないと思った。。

 

f:id:neand:20190208161905j:plain