豚の貯金箱

 愛用の豚の貯金箱にそれなりに小銭が貯まってきたので銀行に持って行くことにした。近頃では電子マネーが主流で以前なら月に数千円貯まった小銭も最近は年に1~2度、5千円程度の入金で済む。最寄りの、これも今時としては珍しい駐車場のある銀行へ行きクルマを停めて店内に入る。すると普段ならそれほど混みあっていないATMコーナーに長蛇の列ができている。しかも、高齢者ばかりだ・・・。

 そうか、今日は偶数月の15日だ。すっかり忘れていた、年金の受給日だ。近頃は25日や週末よりも年金受給日の方が利用者は多いらしい。私は渋々列に並び入金を済ませ早々に銀行を出た。

 駐車場に戻ると変な違和感を感じる。止まっている車が私のものを除きほぼ同じ形だ。気になったので足を止めよくよく観察してみた。駐車場は10台の駐車スペースがあり、1台は私の車、6台がホンダのN-BOX、残りがダイハツタントとスズキのスペーシアだ。なるほど、そういえば先日ホンダのN-BOXが今年もまた売り上げナンバーワンだと報道されていた。そして他メーカーもそれを模したような車種が売れているようだ。そしてそれは高齢者の足として使い勝手がよいのだろう。

 電子マネー、年金受給日に混み合う銀行、軽トールワゴン。今の時代を象徴するものだと感じた。

 私は年金を繰り上げ受給しようと考えているので私も来年からは高齢者の仲間入りだ。

ラスワガディ

 35年ほど前のこと。当時の私はヒッピー気取りで旅をしていた。ネパールの首都カトマンズに日本食レストランがあると聞き行ってみることにした。日本を離れて数カ月、日本食が恋しいというよりは日本事態が恋しかったのかもしれない。店に着いて「トンカツ定食」を注文し、店内を見渡してみるとその店を訪れた旅人が書いたものと思われるノートがあった。
 


199〇年〇〇月〇〇日
10日間のヒマラヤトレッキングから帰って来ました。キツかったー!でもまたいつか来るかも。明日帰国。

 

199×年××月××日
バスターミナルからタメル地区へのタクシー料金は300円くらいが相場です。
トレッキングは1週間で$200 くらい。
みんな、ボッタクリに注意!!
ポカラへ行くバスはツーリストバスとローカルバスがあります。少し高いけど絶対ツーリストバスをえらんでね!

 


199△年△△月△△日
昼間に声を掛けて来た男の子が街を案内してくれると言ってきた。警戒しながらもカフェや土産物屋、ちょっとした宗教施設に一緒に行く。夕方一緒にお茶を飲んでいると甘い眼差しで「I Love You」と何度も囁いてくれた。
恋人になれなかったローカルの男の子、いい男になるんだよ♪

 


 インターネットの無い時代、旅人たちは自分より後に来る者に有益な情報を残してくれていた。日本から遠く離れた異国の地で久しぶりに見た日本の文字。先人たちの生々しい足跡。私はずいぶんと長い時間そのノートを見ていた。そして、そのノートで何人かが書いてあった「チベットから自転車でき」たという手記。どうやら当時、高地であるチベットから何日か掛けて自転車で下って来るという旅をする者がいたようだ。

 予定のない旅をしていた私はそんな旅に興味を持ち、その街で懇意にしていた旅行会社のオフィスを尋ねた。社員を質問攻めにしたところ、その会社の社長が何軒かの知合いに電話して確認してくれた。社長曰く、チベットのラサにまで行けばなんとかなるらしいとのことだった。国境までは自分達が送り届け、国境の街で現地にある旅行会社と交渉しラサまで行けるよう手配するとのことだ。費用を尋ねると「詳しいことは判らないが高くはない」という返事が。私はその翌々日に旅社が手配してくれたオフロードタイプの車で国境の街に向かった。


そこが先日、濁流が押し寄せ大きな被害を出した「ラスワガディ」という街だ。


 35年前の私に話を戻すと。国境の街に着いてみるとそこはトラックや多くの人で混雑していた。旅社の社員がいろいろな人と話し情報を集めをしたところどうやら国境が閉まっているらしく少なくともあと3日は開く予定はないという。理由を尋ねてもだれも教えてくれない。私なりの勝手な解釈だが、当時、亡命チベット人が問題になっていたのではないだろうか。中国のチベット侵攻という事件からそれほど日が経っていなかった。

 なんのチカラもツテもないちっぽけな旅行社である私にはどうすることもできない。旅社の社員とまた6時間掛けて来た道を引き返した。「旅とはそういうものだ」そんな教訓を得ただけの出来事だったが、その35年後にまたその街の名を聞くことになるとは夢にも思わなかった。どうか皆さん無事でいてください。少しでも早い復興をお祈りします。

 

 

 

 

 

金の亡者ふたたび

 30代半ばの頃、結婚の予定も無かったし情熱を傾ける程の仕事もしていなかった。夢中になれる趣味もなかった。ただダラダラと無為に時間を過ごしていたといってもいい。もちろん将来への不安もあった。同世代の女友達は1人で生きていくための準備をはじめていたというのもある。

 そこで私は、それならばと人生のソースを金儲けに振分けることとした。もし将来的に1人で生きていくことになっても困らないように。会社に籍は残しながらも自分で事業(というほど大げさなものでもないが)を立ち上げ必死で金を稼いだ。以前のようにフラフラと出歩くことも減らし、性欲の処理は風俗店で賄った。そうして金と時間を節約した。

 そうして数年後、それなりに満足できる結果を残すとができた。そしてそうなると余念が生まれ始める。元々が仕事が好きで働いていたワケではないのでそれも致し方ないことか。小さい事業(?)を処分し、マンションのローンを全額繰り上げ返済しても幾ばくかの老後資金が残せる目途がついた。もうこれ以上リスクを取る必要はないと判断した。

 生活に余裕が出来たのでまた以前のように人並みに生活を楽しむようになった。知人と飲みに出掛けるし、スポーツジムにも通い始めた。結婚もした。ただ60才手前、リタイヤが目の前に迫ると焦りのような不安のような気持ちがまた出てくる。

 もっと金が欲しい。もっと蓄えておかないと!!

 当年取って59才、来年には還暦を迎える。ここからどこまで出来るか。あと数年、また金の亡者に戻って更なる老後資金の積み上げに勤しんでみよう。

 

 

 

 

 

 

2Kg太った

 近頃ラーメンにはまっていて週一ペースでラーメン屋に行っている。何故そこまでラーメンに入れ込んでいるのかというと理由はこうだ。

 2月の初め頃、妻と出かけた帰り、時間も遅いことだし晩メシを済ませてから帰ろうということになった。すると妻が近所のラーメン屋を指定してきた。というのも、妻の職場でどの辺りに住んでいるのかという話になり、妻が自宅の場所を大まかに話すと同僚が「近くに〇〇ってラーメン屋あるでしょ、行ったことある? あそこお勧めですよ」と言われたらしい。

 そのラーメン屋は我が家の最寄りのラーメン屋であるのだが一度も行ったことがなかった。混雑こそしていないがいつも客は入っているようだし長いあいだ営業を続けている。そういうことならばと2人で行ってみることにした。

 店は入口付近で食券を買うシステムだった。店名を冠した「〇〇ラーメン」と「豚骨ラーメン」の2種類がある。私は迷わず店名を冠したラーメンを選んだのだが・・・。 店を出た後、味について妻に質問すると感想は私と同じくイマイチだったようだ。そしてそれ以降だ、ラーメンにはまったのは。

 妻の同僚が勧めたラーメン屋。期待が大き過ぎたのかもしれない。「旨いラーメンが食べれる」との期待が裏切られ、気持ちが不完全燃焼となり、それ以降ラーメンの味にウルサくなってしまったのだ。2月からの4か月、ほぼ週に1杯のラーメンを食べている。なるべく同じ店には行かず色んなラーメン店を回っているおかげで今となっては「大阪のラーメン屋のことならオレに聞いてくれ」と大口を叩ける程だ。

 旨いラーメンを食ってラーメンにはまるなら理解できるが、不味いラーメンを食ってこんなことになってしまうとは。そして疑念がひとつ。最初のラーメン屋、もしかしたら旨いのは豚骨ラーメンのほうだったのか??

報道について思うこと

児童行方不明問題についての報道はもう沢山だ!!

そんな風に思っているのは私だけだろうか?

「子供が1人死んだだけ」という言い方は不謹慎極まりないが、いま中東のガザ地区はどうなっているのだろう。戦争中のイランやウクライナでは今日、何人の子供が死んだのか。そしてその死に方はどんなだったのか。

 義理の父に首を絞められて死んだ子供。ミサイル攻撃を受けて死んだ子供。数カ月にわたる飢えや環境の悪さで死んだ子供。どれも同じ悲惨な事件である。人々が関心を無くしてしまうことほど罪なことはない。

カネの話ってリアルだよな。

 昨日の件についてもう少し詳しく説明すると、母が用意していたのは平均的な日本人の年収程度の現金だった。母曰く「持っていても使えそうにないので渡す」とのことだった。私は受け取ることを断ったが母は頑として折れなかった。私はひとまず「預かる」と言って金を鞄にしまって持ち帰った。

 さて、どうするべきか。判断がつかない。

 

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以下余談です。

 

 実のところ、ここ数年の私はほとんど金を使わなくなった。服なんか滅多に買わないし買ったところで超安物だ。独りで外食といっても行先はマクドナルドくっらいだし、スポーツジムも辞めてしまい近頃では近所の公園でウォーキングをしている。おそらくそこいらの高校生よりも金を使わない生活だろう。この先の出費を想像してみたところ既に12年乗った愛車の買い替えは必要だろうが、おそらくそれが最後の車の買い替えだ。老後の資金にだって困らない程度の蓄えはある。そして、いくら資産を作ったとしてもそれを託す子供はいない。

 おそらく母には子育てを失敗したという気持ちがあるのだろう。そして、それゆえ親子関係が悪くなってしまったという思いも。この金はその贖罪か。

 母は金に対してシビアな考えの持ち主だった。悪く言えば金に汚いというのか。幼心に母のそんな所が嫌いだった。しかし還暦を前にして私も母と同じようになってしまっていることに気付く。

 もし私がこの金を受け取らなかったら。それは兄の所へ行くだろう。私と同じくらい金に汚い兄へ。そしてそれが嫌で、いりもしない金を受け取るというのはまさに子供の頃の食べ物の分配と同じだ。沢山食べたい訳ではない、兄より少ないことが気に入らないのだ。実に業が深い問題である。

勝てない相手

 昨夜、母から電話があった。もう高齢の母は身辺整理を始めたらしい。私に渡したいものがあるので取りに来いという。いったい何をくれるのかと訝しみながら行って見ると、母が用意していたのはどうでもいい取るに足らない品物と、高額の現金だった。

 私と母はそりが合わず普段は疎遠にしている。激しく罵り合ったこともあるし心底憎んだこともあるし、疎ましがられていると実感したこともある。

 ずるいよ、死ぬ少し前になって優しくするなんて。