糊口を凌ぐ

時々話題に上がる「ベーシックインカム」という政策、この政策は実に素晴らしいもので是非とも実現させて欲しいと私は個人的に思っている。ベーシックインカムという政策については日本新党マニフェストに挙げる一文を参照されたい。



すべての個人に最低生活保障(=ベーシック・インカム:BI)を支給し、「年金」と「生活保護」の抜本的な統合を図る中で、役所の裁量行政のムダを省き、地域に根差し、向上心に溢れる日本の中流家庭を共創します。
北欧諸国で取り組みが始まっているベーシック・インカムは、生活に必要な最低限の費用を、すべての個人に無条件で支給する画期的な制度です。
乳幼児から高齢者まで、毎月一定の金額を一律に、一人ひとりに配当する。
現行の社会保障給付(保険、手当、扶助)に於ける、現金給付部分(年金、生活保護、失業保険等)に関して抜本的な統合を図ると共に、障害者、母子・父子家庭には積極的加算を実施する。
年金受給資格者には、既に4年前から新党日本が提唱する、毎月の積立実績と将来の支給金額を明確に印字する年金通帳を導入した上で、これまでの積立金額、積立期間に応じて年金支給総額を明示し、その総額を保証すると共に、一括給付か毎月のBIへの上乗せか、選択制とする。
裁量行政の象徴的存在の社会保険庁、各自治体の福祉事務所は役割を終える為、順次、これを廃止する。


私は常々感じているのである。何故に働かなければならないのかと。それは決して生産活動を否定するものではなく、もっと自分にとって理想的な生き方が出来ないものかという思いから来ている。何故働かなければならないかというと、それは糊口を凌がなければならないからだ。

人間、生きていれば腹が減る。風雨を凌ぐ住居も必要だし衣類も身に付けなければならない。しかし、それが生きる為の目的では決してないはずだ。
たとえば起業したいとか、お笑い芸人になりたいとか、芸術家や物書きになりたいと望んだとしてもそのことに専念できるのはごく一部の恵まれた者か挫折を恐れない勇気のある者だけにしか出来ない。たとえ勇気があって夢を追いかけたとしても糊口を凌ぐために自分のやりたいこと以外にアルバイトなどで生計を立てなければならない。そこまでして夢を追いかけたとしてもそれが成功するとは限らないし、失敗した場合の痛手はあまりに大きすぎる。スポーツ選手にしてもそうだ。野球選手を夢見てプロの球団に入ったとしても超一流選手になれるのはほんの一握りで多くの選手は野球を辞めた後の生活に怯えながらプレーしなければならない。

こんな状況では一流の芸術家もスポーツ選手も、そして起業家も現れにくいだろう。思う存分夢を追えるような環境を、そして誰もが自分が理想とする生き方ができるように是非ともベーシックインカムという政策を実現させて欲しいのである。