カメラおやじ化

久しぶりに日記を書こうと思うと、まずその前に何故 長期間 日記を書いていなかったかという言い訳から始めねばならない。その言い訳を考えるのが億劫で余計に日記を書く意欲が薄れる。そんなワケで、久しぶりの日記であっても皆さん何事も無かったかのように私に接して下さい。お願いします。



先日の事、必要に迫られてデジカメを買った。コンデジと言われる物で、デジタル一眼レフとは違う簡単な、シャッターを押すだけでそれなりの写真が撮れるカメラだ。ところが近頃のカメラはそんな安価な物であっても色々と細かい設定がおこなえ、そして普通に使う分には不必要とさえ思えるような機能までが付いている。

とりあえず「オート」で2〜3枚試し撮りをし、それをPCに取り込み写真を眺める。極々普通の、芸術性等という言葉は微塵も感じられない普通の写真である。ただ単に写真を写すだけならばそれで充分だ。「オート」に設定しシャッターを押すだけなのだが、いろいろな機能や設定が気になる。

説明書を手に取りパラパラと捲りながら眺めてみるが、その日は夜も遅かったし寝ることにした。その日買ったカメラをテストしてみて、機能上も性能上も何の問題もなかったのだ。その用事から離れて眠りに就くというのは何ら不自然なことではない。

しかしベッドに入ってから、どうにもそのカメラのことが気になってしょうがない。100ページ以上もある説明書が付いていたのだ。カメラ本体にもシャッター以外のボタンが10コほど付いていた。それらのボタンには私は触れてさえいない。

もう気になり出すとしょうがない。ベッドから起き出して蛍光灯を付けまたカメラを触り始める。適当にダイヤルを回したりボタンを押したり、そして分からないことがあるたびに説明書を開く。説明書を見ていると知らない言葉が出てくる。今度はパソコンの電源を入れその言葉や機能をインターネットで検索する。

ようやく一通りの機能を理解した頃には3時間が過ぎていた。午前3時だ。

説明書を見ながら、その機能を試すようになんどもシャッターを切ってはいたが、今度はカメラを持って立ち上がり、部屋の中でのテスト撮影だ。そしてしばらくするとカメラの電池が切れた。 おそらくもう完全にあのカメラの機能は理解しただろう。

私の所有物の中に私が機能を理解していない機械があるというのが我慢できなかったのだ。

そして総ての機能を理解した今、今度は一眼レフが欲しくてしょうがなくなってしまった。

そのカメラを買ってまだ3日。そして何より、写真を写すなどという趣味は一向に理解出来ずにいるのに。。