物を長く使うと

 先日ネットの記事で故さくらももこ氏のことを「平成の清少納言」と称している記事を目にした。さて、さくらももとと清少納言、どちらが偉大なのだろうか? 古ければ偉いという考え方にはどうにも違和感を感じる。


 先日、わたくし愛用のデスクトップ PC の電源が入らなくなった。何度か試してみたのだがまったくウンともスンとも言わない。コンセントが抜けているとか家自体が停電しているとかそんなレベルでまったくの無反応なのである。もちろんブレイカーが落ちていないかとかコンセントが抜けていないかとか確認もした。
 この PC は昨年末に私が自作したもので、もし壊れたなら自分で直すしかない代物だ。しょうがないのでPCの電源部分を確認し、その次にPCのフロントパネルを外した時点で原因が判明した。電源が入らないのは電源ボタンの摩耗による接触不良だ。
 何ゆえそんなことが起こったのかというと、このPCを組み立てたのは昨年末のことであり、全て新品のパーツを使っているのだが唯一PCケースのみを以前からのものを使い回した。 そして、前回PCを組立てたときも、その前のPCからの使いまわしで・・・。このケースに関しては10年近く同じものを使いまわしていることになる。1日平均1.5回 電源スイッチを押すとしてもそれが10年弱ともなればかなりの回数になる。プラスチック製のスイッチがすり減ってしまうのも納得できるというわけだ。

 結局、安易な修理方法としてPCケースのスイッチ部分を取り外し内部のスイッチその物にセロテープで張り付けるという方法で修理したがそれではどうも安定が悪い。なので内部の配線をいじり、リセットボタンと電源のONボタンを逆にしてみた。 いま私のPCはリセットボタンを押して起動するようになっている。
このPCケースを設計した人もまさか10年もの長きにわたって5000回近くON、OFF されることなど想定していなかったのだろう。


似たような話に以前私が勤めていた職場の営業車の話がある。そのクルマは機械として俗にいう”アタリ”という物で10年を超えてもまったくノントラブルで調子よく動き続けていた。たまに他の社員が乗っても必ず「ねあんさんのクルマ調子いいっすね」という程のものだった。このクルマが順調に13年15万キロを超えた頃の出来事である。ある日突然、出先でクルマのキーが回らなくなった。キーボックスには問題なく入るのだがキーが回らない。それは感覚的に違うクルマのキーを差し込んだ時のような手ごたえだった。
 私は職場に電話をしてスペアキーを持ってきてもらった。そのスペアキーなら問題なくエンジンの始動ができるのである。私はそれまで毎日使っていたキーと職場にあったキーを見比べてみた。すると私が13年間使ったキーはすり減って色が変わっていて角々も微妙に丸くなっていた。
 私が使っていた営業車は、私が毎日乗っていて、1日に10回以上はキーを抜き差ししエンジンを始動させていたものだ。仮に1日10回、週に6日で13年間なら 約4万回以上キーを抜き差ししエンジンの始動に使ったことになる。すり減るのも当然だ。

物というのは設計者の思惑を超えて長く使うと、思いもかけないところが壊れるものである。。