年に数本しか映画を見ない私が最近見た映画

久しぶりに映画館に行き相方と2人で「ジョーカー」を鑑賞。(ネタバレ含みます)

相方は「久しぶりに見応えのある映画を見た」とご満悦の様子だったが私としてはそれ程でも・・・。おそらくきっと想像していたのと大きく違ったからではないだろうか。最初私は必殺仕事人のようなストーリーを予想していた。どこにでもいる普通の慎ましやかに暮らしている人が支配者階級もしくは富裕層から酷い仕打ちを受け、そして息も絶え絶えになりながら「この恨みを・・・」

もしくは、これもまたどこにでもいるような善良な市民がちょっとした切欠で人生のレールを踏み外し悪の道に・・・。

こういったストーリーを予想していた私は大きく裏切られた。主人公のアーサーはそもそもからして社会的弱者であるしアーサーの人生において彼を狂わせたターニングポイントもなかった。アーサーがアーサーとして生まれそのままレールの上を進んで行ったらジョーカーになってしまった。そんな映画だった。なんだか救いのない映画だな~。というのが私の感想だ。

 しかし何故この映画がこれほど話題になり興行成績が良いのか理解できるものであった。私はもう長く生きていて何度か道を踏み外しそうになったり実際少しばかりはみ出したこともあるのである程度は知っているのだが、悪と言う存在はどのようにして生まれるのかとか、この世にはどうしようもないことや知らない方がよいことがあるとか、それからえっと、環境というものが人にとってどれほど大切だとか・・・。失敗した者や社会的弱者に対して「自己責任」という言葉で片付けてしまう愚かさとか、しいていうなら今の社会の問題点について上手く描かれているように感じた。

 ジョーカーは勝手に悪のアイコンになったのではなくて世の中や社会が、しいていえば私たち1人1人が作りがしたものであり目の前のジョーカーを倒したり捕まえたりしても決死ってジョーカーはいなくならない、そういったことを伝えているように感じた。そしてそのジョーカーという役を次に演じるのは私かもしれないしアナタかもしれないということだ。

あー、うん。こうやって想いかえしてみると面白い映画だったかも。。

芸術の秋

 先日 NY でバンクシーの絵を見てきた。以前はグラフィティアートなんてものはアートとはいっても所詮は落書きの延長みたいなもので、なんというか、モダンアートを馬鹿にしたところが私の中にあったことは否めない。しかし、他のアーティストの作品も同じで実物を見るとその印象はガラリと変わる。

 そもそも誰しもが好みとか嗜好というものがあって万人受けするような作品は存在するはずがないのだが、私を含めて多くの人はモダンアートを軽く見るフシがある。それはやはりそのジャンルがまだ新しいということに尽きるのだが、今のアートはその他の現在社会と同じように過去とは大きく変わり始めている。

 芸術作品の価値として「誰が制作し誰がお墨付きを与えたか」これが芸術作品の価値を決める物であった、20世紀までは。しかしいまアートの世界は大きく変わった。バンクシーは正体不明のアーティストであり、その作品の展示方法を含めそれを見たもの反応までおも含めて作品と考えるそうだ。たしかに彼の作品は世に多くのインパクトを与えるし、先般東京で見つかった彼の作品に反応した都知事の姿を含め世間のその反応までもがアートの範囲だというのも頷ける。

少し絵を見たからと言って簡単に影響され過ぎかもしれないが、さっそく彼の作品をネットで検索したり彼が監督したドキュメンタリー映画を取り寄せてみてみたりしている。

 幸いにも彼は存命であることだし、暫く彼の動きを追いかけてみようと思う。。

 

 

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 しかし、都知事のこの姿は滑稽でバンクシーが描いたネズミの絵以上にこの写真の方が芸術的である。

そういえば彼は過去にこんな絵も描いていることを都知事はご存じだろうか??

 

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ストロベリーフィールズ と ダコタハウス

 それは私が13才の12月8日のことだった。夕方にテレビを見ていた。おそらくアニメかドラマの再放送だと思う。そのとき突然ニュース速報が。

『もとビートルズのジョンレノン、自宅前で射殺される』

 そしてその後、数日間にわたり特別番組が放送され続けた。私にしてみればそれがすべての始まりだった。洋楽を聴くようになったのも、ロックが好きになったのも、そしてその後の人生を決めたのもすべてはこの日に起因している。

 ジョンの死を悼みセントラルパーク内の彼の自宅から近い場所に特別な場所が設けられたことを知った。そしていつか行ってみたいと思っていた。

 ジョンの死から39年、ようやく機会を得てその場を訪れることができた。朝早くに1人で歩いてセントラルパークに向かった。土曜日の朝ということもあって公園内にはジョギングする人が多く、そして観光ツアーのような団体もいた。いまでも多くの人がその場を訪れ写真を撮っているようだ。

 私も写真を撮って、それから近くのベンチに座ってストロベリーフィールズを口ずさみながら暫し想いにふけった。それからダコタハウスに向かいそこででも写真を撮った。

 私の39年越しの想いが叶った日だった。

 

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令和フィーバー

 時代が令和に代わって早4ヶ月。近頃ではもう書類を書く際に戸惑ったりすることも無くなった。そして新しい時代を迎えたせいか少しばかり浮ついた気持ちの自分がいる。

 令和元年ということでキリがいいし、何か長く使える物を買ってみようか。たとえば腕時計とか乗用車とか。思い切ってマンションを買って引っ越してみるのも悪くないかも。うんうん、そうだ、消費税も上がることだし大きな買い物は今のうちに・・・。

 アタマの中が完全に令和フィーバーだ。普段から物欲の少ない私でさえこんなことを考えるのだから世の中の大多数が今まさに大きな買い物をしようとしているに違いない。おそらく今月は誰もが散財することであろう。

 ちなみに私はというと少しばかり散財の予定があるのだが、それはまた次の日記で。。

 

 

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語学の勉強

 昨年の夏、1人の韓国人の女の子と知り合った。彼女はほぼ完ぺきに日本語を話し私が使う大阪弁さえ理解した。どこで日本語を習ったのかと訊ねると『名探偵コナン』で勉強したという。アニメを見て会話を学び、コミックを見て読むことを学んだという。そして物語の中に関西弁を使うキャラがいたおかげで関西弁も覚えたという。

 私はそれを聞いて驚いたし彼女の事を尊敬もした。そして彼女を見習って漫画で勉強してみようと思い英語版『NARUTO』を買ってきた。まだNARUTOは未読でストーリーもまったく知らないが少しくらいは英語も理解しているし何とかなるだろうと思い読み始めてみた。

 

 ダメだ。まったく理解できない・・・(汗

 

 

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参議院議員選挙

 これもまた年を取ったせいか、ここ十数年、選挙の投票には欠かさず行くようになった。投票日に都合が悪ければ不在者投票をする。候補者の誰かからカネを貰ったり接待を受けたりすることもないので私の1票は紛れもない「清き1票」である。

 その私の清き1票が民意として活かされているかどうかは甚だ疑わしいが、それでも私は必ず投票に行くようにしている。

 さて、今回の選挙戦を見ていて思うことが2つある。自民党の狡猾さと山本太郎の青臭さだ。

 政見放送youtubeでの演説を見るかぎり、山本太郎は良い演説をする。ああいう青臭さや熱量の高さこそが政治に必要ではないかと感じる。そして私と同じように感じる者が多いのだろう、ネット上では「れいわ新鮮組」が大きな話題となっている。

                https://www.reiwa-shinsengumi.com/

 いっぽうの自民党はというと、選挙前のこの時期に韓国との問題を拗れされ注目を集めるという狡猾な手にでた。一般の市民というのは直接的に韓国と関わることが少ない。それ故にどうしても過激なことを考えがちである。実際に時々会って嫌々ながらでも挨拶を交わすような相手に対してはそこまで過激な考えは持たないだろうが、テレビのニュースで見るだけの半日デモを繰り返す輩には簡単に憎しみと言う感情を持つことができる。私は自民党がこの反韓感情を上手く選挙に利用しているように感じる。そしておそらくその作戦は成功するだろう・・・。

 とりあえず、次の日曜日は所用があって投票に行けないので私は今から不在者投票に行ってきます。投票先はもちろん秘密です。。

 

 

 

 

ジ〇ニー喜〇川氏の訃報

 連日報道されている某芸能プロダクション社長の訃報のニュースを見ていて何ともいえない気持ち悪さを感じているのは私だけではないはずだ。可愛い男の子たちを死後にまではべらせて・・・。

 近頃の女子達はボーイズラブに慣れているから違和感を感じないのか。

 あの人の性の対象が若い男の子であったこと、事務所所属のタレントがその相手だったことは有名な話だ。にも拘らずここまで美化して故人を語るとは、故人のTV業界への影響力とTV業界のモラルの無さにある種の恐怖さえ感じる。

 もう少しまともな世の中になって欲しいと願うばかりだ。。